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あるじの視線

あるじの視線

お花畑

天気がよいので、雪解けをしたところからお花畑にさまざまな花が、
さきみだれはじめました。
当分の間、お花が楽しめますので、お出かけいただければと思います。

槍ヶ岳山荘 穂苅 康治

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7月21日 岳沢小屋

7月23日より、営業開始予定の、岳沢小屋に出かけました。

暑さに耐えて上高地から900メートルの標高差を登り上げました。

大量の汗で、帰って体重を計ると、500gほど減っていました。

小屋は、ほぼ完成していて、いつでも受け入れ可能でしたが、念のため、7月23日の開業としました。

岳沢小屋は緑に囲まれた景色のよい小屋でさわやかな山の風が楽しめます。


槍ヶ岳山荘 穂苅 康治

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梅雨明け3日

7月19日 今日も穏やかで良い日でした。

久方ぶりに頂上へ行ってきました。

穂高方面、薬師立山方面の残雪が、青空に映えて、感動しました。


槍ヶ岳山荘 穂苅 康治

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梅雨明け2日

梅雨明け2日 南岳小屋へ出かけてきました。

今日も、1日さわやかで、すばらしい景観を満喫できました。

写真は、朝日に映える大喰岳と夕雲流れる常念岳です。


槍ヶ岳山荘 穂苅 康治

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7月17日 梅雨明け

久方ぶりに槍ヶ岳に向かいました。

残雪が多いと聞いていましたが、多いのは、グリーンバンドを登りきって槍ヶ岳が見えるようになってからでした。雪渓を2か所横切る程度で、登りは特に装備はいらないようでした。

19日の下山日には、相当減っていました。気温の上昇とともに雪が腐って来ましたので、ストックがあれば、歩きやすいと言った感じでした。

さわやかな登りでした。


槍ヶ岳山荘 穂苅 康治

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中田又重

1828年槍ヶ岳を開山された播隆上人を案内した槍ヶ岳開山の陰の功労者である中田又重の銅像が出来てきたので又重の子孫の方たちと鋳造された大沢法我さんの豊科法蔵寺に出かけました。


中田又重は、三郷村(現安曇野市)小倉、公儀鷹庄屋中田九衛門の分家で、高齢の九衛門に代わって播隆上人を案内したとされています。彼は、当時信州と飛騨をつなぐ飛州新道の開削にも従事し、のちには、上高地の開墾も手掛けています。


銅像の制作者小川大系氏は、松本駅前の播隆上人像を手掛けた兄弟子の上條俊介氏とともに北村西望師に師事し、本来は、2体で1対として展示すべく制作をされていたと聞いていますが、諸般の事情により、駅前には、播隆上人の銅像のみが、展示されています。


当初の計画を知る人たちは、なんとか一緒にできないか模索してきましたが、現状では難しいようです。


子孫の一人中田信一郎さんは、槍ヶ岳に今年播隆上人の登られた道をたどって来られるということで、楽しみにしています。


槍ヶ岳山荘 穂苅 康治

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